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ヴァシュロン・コンスタンタンはレ・キャビノティエコレクションから大作“ラ・ミュージック・デュ・タン(La Musique Du Temps)”を発表した。

コレクターやプレス関係者が集まり、当然ながらチャイムの複雑機構を多用した時計のコレクションを目にすることになり、同時にこの分野で最高のアーティストたちによる最上級のエナメル細工やケースのエングレービングも堪能することができた。グラン・フーエナメルのミニッツリピーター・ウルトラシンのような作品の数々は、今でも私のお気に入りのモダンなチャイムウォッチであり続けている。まあ、あくまでも机上の空論だが。私は実物を見たことがない。見たことのある人はほとんどいない。これらの時計は基本的に事前に販売され、プレスに公開される前に顧客に公開されてきた。

ヴァシュロン・コンスタンタンのルーブル美術館コレクションよりピーテル・パウル・ルーベンスへのオマージュ。

それこそが、レ・キャビノティエをこれほどまでに際立たせている理由のひとつなのだ。“世界三大ブランド(Holy Trinity)”と呼ばれる時計メゾンは、いずれもユニークなピースを製作したりオーダーメイドを受けたりすることがあるが、ヴァシュロンほどアクセスしやすいメゾンはない。もちろん、それは経済的な観点から言っているのではない。これらの時計はすべて“要問い合わせ”だ(信じて欲しいが、私たちは何度も問い合わせたのだから)。しかし、レ・キャビノティエとして製作された作品の多くは、今年初めに私が撮影したピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)へのオマージュのように公開されている。そしてオーデマ ピゲやパテック フィリップとは異なり、レ・キャビノティエの時計を購入したりオーダーするためには、ブランドの大口顧客であったり、CEOと親友であったりする必要はない。ヴァシュロン・コンスタンタンのルイ・フェルラ(Louis Ferla)CEOに尋ねてみたところ、誰でもレ・キャビノティエの門を叩き、時計をオーダーすることができるとオフレコで答えてくれた。もちろんヴァシュロン・コンスタンタンは、クライアントが自分のアイデアを膨らませることができるように優しく指導しながら、何を作るかを調整する。しかし、もしあなたが特別なユニークピースをお望みなら、ヴァシュロンはいつでも相談に乗ってくれるだろう。

“ラ・ミュージック・デュ・タン” レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・ウルトラシン 2019年製。

レ・キャビノティエは、ヴァシュロン・コンスタンタンの最高の時計職人と専属の職人の手によるコレクションで、これまでカスタムオーダーに重点を置いてきた。しかし一般に発売されたこれらの時計は、顧客の需要と、言葉は悪いが、誰も持っていない時計を手に入れるための待ち時間の長さに対する焦りから生まれたものである。一部のコレクターにとっては、待つことで自分の意見が反映された時計が手に入るなら、そんなことはどうでもいいことなのだ。以下は私の好きなJ.G.ウェントワースの広告の引用だ。「それは私のお金だ、今すぐ欲しい(It's my money, and I want it now)」

「顧客に対して、“できますよ。でも3年、4年、いや5年かかります”と言うと、それは当然必要な時間なのですが、顧客基盤のかなりの部分を失うことになります。それでビジネスモデルを少し転換して、“ユニークで素晴らしい作品を年に1回コレクションする”と言うことにしたのです」とフェルラ氏は語った。

レ・キャビノティエの生産量の3分の2(わずか40~50本)は、このようなテーマに沿った作品と、年間を通して少しずつ発表されるその他の作品が占めている。そうすると、コミッション枠は13〜16枠しか残らない。残りは2022年から続く以下のような作品の製作にあてられている。

これらの時計は、ときに仰々しく過密なダイヤル装飾を伴うものの、非常に素晴らしいものだ。例えば、2022年に発表されたトリビュート・トゥ・バッカス(Tribute to Bacchus)は、(とりわけ)ワイン、豊穣、祝祭、儀式の狂乱を司る神に捧げる、時計に期待される華麗な装飾や複雑機構、享楽的な厚みをすべて備えていた。フィリップ・スターン(Philippe Stern)の顔をダイヤルに配したパテックの選択はさておき、ヴァシュロンはキャリバーとダイヤルのデザインにおいて特にバランスを重視しているようである。しかし、Cal.2755 GC16には16の複雑機構が搭載されているため、パテックのグランドマスター・チャイムと同じように、ヴァシュロンの時計製造の壮大さが少々大げさに感じられることがあるかもしれない。

ヴァシュロン最新のレ・キャビノティエ コレクション、レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(または旅の物語)には、そのような要素は少ない。レ・キャビノティエにとってサイズという問題は依然としてあるが(このプログラム史上、38mm径より小さいサイズの時計は1本も作られていない)、ピーテル・パウル・ルーベンスへのオマージュが残したものを引き継いでおり、かさばる複雑機構よりも職人技術に重点が置かれている。

これらの新作は旅の素晴らしさを想起させながら、手首にその感動をもたらすことを目的としているが、ユニークピースであることに変わりはない。すなわち、単なるサンプルではなく、顧客の手元に届けられるものだ。そのため、リストショットやリストロールは撮れないし、手袋なしでの取り扱いはできない。私たちはまだすべての作品を見ることができておらず、それは以下の写真に写っていないいくつかの作品が今日ソーシャルメディア上で公開されていることからも明らかだ。しかし、裏を返せば、これらの時計がすでに売られてしまう前に見ることができるということでもある(この記事をここまで読むころには事情も変わっているかもしれないが)。それではさっそく旅に出よう。

レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アラベスク様式への賛辞-とミニッツリピーター・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞-

ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞”

私がこのプレスリリースを入手したときから、これらの時計がショーの主役であることは明らかだった。ヴァシュロンは手巻き式のトゥールビヨン・ミニッツリピーター、Cal.2755 TMRを大きく異なるふたつの方向へと進化させたのだ。そのデザインは、私の現在の本拠地であるニューヨークと、今回のお披露目の場所となったエミレーツを結ぶもので、数々のハイエンドで繊細な工芸技術を披露している。

左は“アラベスク様式への賛辞”であり、アーティストたちが何世紀にもわたって歴史的なイスラム美術から着想を得てきた、アブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスクにあるイスラームの美術作品や唐草模様、小花模様からインスピレーションを得たものである。ヴァシュロンと中東とのつながりは古く、1817年にはオスマン帝国の富豪たちに時計を供給していた。このダイヤルは、部屋を仕切ったり、建物の外壁に見られたりするマシュラビーヤのスクリーンをモチーフにしている。透かし彫りと彫金が施されたホワイトゴールドの“格子細工の装飾”が、ラインエングレービング技法による彫りの深いマットな質感の黒の背景とコントラストをなしているのがわかるだろう。ホワイトゴールドのプレートは薄く、細かいディテールが要求されるため、ダイヤルの完成だけでも1カ月を要したという。

細密画のような職人技を見てこれでもまだもの足りないというなら、“アールデコ様式への賛辞”のダイヤルはどうだろう。これを間近で見て、私は圧倒された。ヴァシュロンが寄木細工と彫金七宝を組み合わせたダイヤルを製作したのは、これが初めてのことだ。そのデザインは、尖塔のデザインからエレベーターのドアに施された木製の象眼細工に至るまで、紛れもなくクライスラー・ビルにインスパイアされている。ピンクゴールドのケースにはペアウッドとチューリップウッドの対照的な模様があしらわれている。そのダイヤルには“パール”のミニッツトラックと11個のファセットダイヤモンドのアワーマーカーが配され、6時位置に近いものがもっとも長く、12時位置に近づくにつれて徐々に短くなっている。これは、トゥールビヨンが見えるために下部が重たくなりがちな時計のデザインのバランスを保つものだ。

“アラベスク様式への賛辞”のホワイトゴールドケースの側面には有機的なインタリオ彫刻が施されているが、その他の大部分は幾何学模様で覆われている。エングレービング作業には3カ月を要し、最高で10分の1mmの刻みが施されている。ピンクゴールドの“アールデコ様式への賛辞”のスタイルは全体的に極めて幾何学的で、驚くほど複雑なヘリンボーンモチーフが施されており、時計を(優しく)手にしたときに光を反射する。それぞれの時計は、バックルにまでエングレービングが施されている。

ケースやダイヤルに多くの職人技が注ぎ込まれているため、内部のキャリバーはほとんど後付けのようにも見えるが、それ自体は実に見事なものだ。Cal.2755 TMRはとても美しいミニッツリピーターの音を奏で、直径33.9mmに厚さ6.1mmと比較的小さい。裏返してケースバックからムーブメントを見ると、ヴァシュロンがこの時計を直径44mmに厚さ13.5mmと縦横に大きくサイズアップしていることがわかる。レ・キャビノティエの時計は、職人の芸術性を表現するためのキャンバスである、というのが私の主張だ。私はヴァシュロンに対して、ミニマリズムとより小さなサイズへの挑戦が、さらなる芸術性を示すことができると提案をしたい。私はおしゃべり好きだ。写真を選べないことが多いので、結局、ドバイ・ウオッチ・ウィークのフォトレポートでは200枚以上の写真を掲載することになった。しかし、過ぎたるはなお及ばざるが如しということで、私は実機を触っているあいだずっと、ヴァシュロンはこのことを肝に銘じるべきだと考えずにはいられなかった。ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アラベスク様式への賛辞。

レ・キャビノティエ・グリザイユ・ハイジュエリー-ドラゴン
この時計は、複雑な時計製造から少し遠ざかるための口直しのようなものなので、これ以降Hands-Onレビューを手短にする口実にさせてもらおう。レ・キャビノティエ・グリザイユ・ハイジュエリー-ドラゴン-は、ヴァシュロンの超薄型キャリバー1120を採用し、直径40mm、厚さ8.9mmのホワイトゴールド製ケースに7.1カラットのバゲットカットダイヤモンドをあしらったモデルである。

ジェムセッティングを施した時計の芸術性を評価するようになった(そしてたまには愛せるようになった)私だが、このダイヤルを完成させるのにどれほどの才能が要求されるかは想像に及ばない。ヴァシュロンがジェムセッティングとグリザイユ・エナメルを組み合わせたのはこれが初めてで、ヴァシュロンによる写真ではダイヤルはグリーンの趣が強かったが、実際に目にするとよりブルーっぽく見えた。ともあれ、ナメル細工の色彩の豊かさとコントラストは傑出しており、伝統的なグリザイユ・エナメル細工よりも鮮やかであった。

次はトゥールビヨンに話を戻そう。レ・キャビノティエ マルタ・トゥールビヨン-オスマン様式への賛辞-だ。その名が物語るように、トノー型ムーブメント2790 SQが搭載された同じくトノー型のこの18Kピンクゴールド製ケースは、特徴的な独自のスタイルでパリの活性化と刷新を指揮したバロン・ハウスマン(Baron Hausmann)からインスピレーションを得ている。

ケースにはオスマンスタイルのファサードを想起させるシャンルベ装飾などさまざまな技法が施され、 ムーブメントのモチーフはエッフェル塔の金属構造を想起させる。ケースサイズは縦41.5mmに横38mm、厚さ12.7mmとなっている。

レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞-
この時計のムーブメントに見覚えがあるとしたら、あなたは鋭い観察眼を持っている。このアーミラリー・トゥールビヨンは瞬時に切り替わるバイレトログラード式の時・分表示を備え、2軸のトゥールビヨン・レギュレーターを搭載したムーブメント1990を搭載しており、世界で最も複雑な時計と称される巨大なヴァシュロン57620の技術的功績を受け継いでいる。さらに最近では、このムーブメントはロールスロイスのために製作されたカスタムウォッチに搭載されている。

イエローゴールドのケースには精巧なエングレービングが施され、ダイヤルにはアールデコに影響を受けた素晴らしいデザインが施されているが、その視認性はロールスロイスのそれと比べるとかなり低い。また、直径45mm、厚さ20.1mmというこの大ぶりな時計は、ダークなダイヤルにダークな針が配され、比較的判読しにくい印象を受けた。私はヴァシュロンが好きだが、この時計は私にとってはもの足りなく思えた。このブランドに期待される洗練されたものよりも、もっと派手であまり技術的でない会社から発売される大型の時計により近いと感じたからだ。もっとも興味深かったのは、下に見えるトゥールビヨンと球形ヒゲゼンマイのための覗き窓だった。技術的な面ではおもしろい時計づくりだが、残念ながら少し実用的ではないようだ。

レ・キャビノティエ-メモラブル・プレイセズ-
Les Cabinotiers – Memorable places
レ・キャビノティエ-メモラブル・プレイセズ-

上記の時計の対極に位置し、ブランドのエングレーバーが新たな手法を用いて、ミニマリスト(あるいは “ミナチュリスト minaturist”とでも言うべきか)のそれとはまったく異なる形で思い出深い土地に捧げられた4つの作品がある。これらの時計は前に紹介したドラゴンウォッチと同じCal.1120を搭載し、直径40mmに厚さ9.1mmというやや厚めのケース(ホワイトゴールドまたはピンクゴールド製)を備えているが、その厚みを生かしてジュネーブから極東までの風景を描いた素晴らしいエングレービングが施されている。

3色のゴールドダイヤルに彫り込まれた小さな人物や犬、象、そして漢字といったディテールを堪能して欲しい。それぞれのダイヤルは、イエローゴールド、ホワイトゴールド、ピンクゴールドから切り出された複数のプレートからなり、絵画に描かれたさまざまな色の要素を構成している。プレートの厚さは0.4~0.8mmで、アーティストが彫る際の彫りの深さは10分の1mmから10分の2mmを超えることはない。そして、200時間以上という長い時間をかけて1枚のダイヤルが作られることになる。

顧客は4つの風景から時計を選ぶことができる。1875年にメゾンが近くのケ・デ・ムーラン(Quai des Moulins)に移転するまでの約30年間、ヴァシュロン・コンスタンタンとその工房があった “トゥール・ド・リル(La Tour de l’Île)”には、先ほど紹介した愛らしい犬が描かれている。“アンコール・トムの入口門(The Entrance Gate to Angkor Thom)”は、ルイ・ドラポルテ(Louis Delaporte、1842-1925)が描いた南門からインスピレーションを得ている。PG、 YG、WGのプレートに9つのエングレービングとダマスク装飾が施され、すべてのダイヤルのなかでもっとも奥行きがあるデザインとなっている。そして“オールド・サマー・パレス(Old Summer Palace)”は1873年の彫刻で描かれた清朝王宮の庭園文化、その建築、彫塑、装飾、園芸への頌歌だ。エングレービングとダマスク装飾を施したわずか8枚のプレートで、ほぼ同様の奥行きを表現している。最後に、“孔子廟とインペリアル・カレッジ・ミュージアムの入り口門(Entrance gate to Confucius Temple and Imperial College Museum)”の図柄は、1864年の旅行記に掲載されたエミール・テロン(Emile Thérond、1821-1883)のデッサンによる。

今回のヴァシュロンの“レシ・ドゥ・ヴォヤージュ”のテーマのなかでもっともわかりやすく、連想しやすいのがこれらかもしれない。ヴァシュロン・コンスタンタンからはあまり深読みしないで欲しいと言われたものの、中国をテーマにしたふたつのモデルが登場したことは、現代の時計界における中国市場のパワーを物語っているように思える。

これらは素晴らしい芸術作品だが、どのテーマにも個人的なつながりはなく、私の心は最初に多くの 時間を共にしたトゥールビヨン・ミニッツリピーターに回帰し続けていた。そのどちらでも好きなパッケージの時計を選ぶことができ、視覚的に楽しませてくれるだけでなくインスピレーションとデザインを感じ取ることができる。パンデミック中は家にいる時間が長かったため、旅行することが当たり前とは思っていないが、レ・キャビノティエのアラベスクやアールデコのリピーターが呼び起こす自分だけの物語やつながりを創造し、自宅でイマジネーションを膨らませることだって今は同じくらいに幸せだ。まあもっとも、ヴァシュロンには何の損失もない。これらの時計は私の手には負えない価格帯であることに加え、おそらくすでに新しい住処へと向かっていることだろう。

関連商品:https://www.hicopy.jp/brand-copy-IP-37.html

タグ・ホイヤーの新型カレラ、通称“グラスボックス”は、間違いなく同社のターニングポイントとなる時計だ。

この39mmのカレラ グラスボックスのどこに注目すべきなのか、3つのポイントにまとめてみた。また、現在タグ・ホイヤーを率いている、CEOのフレデリック・アルノー氏から直接伺った話を含め、僕なりに本作がいかに特別な時計なのかを考察してみたいと思う。

 

1 数字以上に優れたサイジング
 近年のカレラはたびたび39mmというサイズでリリースされている。小型化のトレンドを受けたものではあるものの、このグラスボックスからケースがさらに工夫してシェイプされ、フィッティングが明らかに進化しているのだ。カレラ60周年アニバーサリーモデルなどで用いられた39mmケースはストレートに近いラグ形状で、短くて角度がついているが“腕に沿う”というほどではなかった。それが本作では、ラグをわずかにカーブさせたことにより着用者を選ばずつけやすくなった。さらには、ラグトゥラグのサイズにいたっては、カレラ60周年アニバーサリーモデルが47.7mmであるのに対し、46mmまで詰められた。これは実質的なサイズダウンであり、クロノグラフウォッチといえど、袖口に収まるようなスタイルを目指したのだと思われる。


2 オリジナルへのオマージュも感じるデザイン
 デザインにおいてはなんといっても大型の風防、通称“グラスボックス”を採用したことが最大の特徴だ。これまでのクラシカルデザインを用いたカレラも、大型のドーム風防を合わせることが慣例だったが本作の風防は特に際立っている。ケースの際まで覆うように配された“グラスボックス”は、サイドから見たときに煌めきを増すだけでなく、ケースをより薄く見せるような視覚効果ももたらす。この形状に合わせてタキメーターが印字されたフランジ部分は、別体パーツを用いて大きく隆起しミニマルな文字盤に視認性と個性を与えている。

 なお、非常に珍しいのが、文字盤の色によってダイヤルレイアウトが少し変化するのだが、それもまた画期的だ。ベースとなる黒と青文字盤で表情が変わるのだ。6時位置にデイト表示があり2カウンターのようなデザインの青に対し、黒文字盤ではデイト表示が12時位置(通称DATO:ダートだ)に変わり、いわゆる3つ目デザインとなる。同社内でヘリテージカレラの研究も進んでいるからこそ、過去の特徴的な意匠が盛り込まれたのだ。


3 地道な進化を遂げたムーブメント
 最後に、ムーブメントについても触れておくのだが、これはあくまで序章に過ぎないのかもしれない。HODINKEE読者ならば、現在タグ・ホイヤーでムーブメント開発の指揮を執る人物がキャロル・カザピ氏であることはご存知のことと思うが、彼女が監修したムーブメントに本作から切り替わっている。ただ、このCal.TH20-00は、厳密にはこれまでCal.ホイヤー02(そして古くはCH80)と名乗っていたムーブメントの改良版だ。パートごとに調整が入り、巻き上げ方式が両方向になったり一部の歯形が変わったりしているものの、基本的には同じものだ(日本の時計師にも話を聞いたが、やはり大きな変化はないそうだ)。ただ、カザピ氏の設計思想としては、非常に強固かつパワフルなベースムーブメントを開発したうえで、コンプリケーションまで展開するという特徴がある。その意味では、就任間もない現時点はまだ地ならしのような段階なのかもしれない。

 改良されたCal.TH20-00の行く末がカレラなのかモナコなのか…。タグ・ホイヤーのアイコンモデルで驚くべきコンプリケーションを見ることができるのは、おそらくそう遠い未来ではないはずだ。

 さて、本レビューの詳細はぜひ改めて動画で確認いただきたいものの、最後に強調しておきたいことがある。それは、タグ・ホイヤーにとってシグネチャーであるカレラがこれほどまでに大変革を遂げられたのは、CEOであるフレデリック・アルノー氏の手腕によるところが大きい。今回のアップデートは、時計好きの人にとってはガラリと変わった大きなものに映ると思うが、デザインとしてはよりミニマル方向へと舵が切られたものだ。いわば、これからの時代のベーシックとなるようなもので、短期的には大きく売上に貢献するようなものではないだろう。フレデリック氏がアルノー家の人間であることが作用しているのは間違いないが、それ以上に彼の覚悟の結果がこのグラスボックスに表れていると思う。

ポロは、ピアジェ初となる特定のモデル名を冠した時計であり、

この事実がポロについて知っておくべきことのほとんどすべてを説明してくれている。

「ピアジェは当時、モデル名に強く反対していました」と、ピアジェのパトリモニー(遺産)・オフィサーであるアラン・ボルジョー(Alain Borgeaud)氏は説明した。「彼らは常に、ブランドを第一に考えていたのです」。しかし、このデザインはピアジェの大胆かつ新しいスポーツシックな方向性を示すものであり、またブランド初のスポーツウォッチには名前が必要だった。少なくとも、米国代理人はそう主張した。当時、ピアジェはパームビーチで開催されたポロ・ワールドカップのスポンサーだったため、“ポロ”という名前は理にかなっていた。

そして1979年、ピアジェ ポロが誕生した。

ここ数年コレクターのあいだでヴィンテージピアジェへの関心が高まっている中、今年はピアジェの150周年となり、今はこれ以上ないタイミングである。ストーンダイヤルから極薄時計の製造まで、ピアジェは20世紀半ばのパイオニアだ。しかし、ほかの時計とは一線を画すものがある。それがポロだ。

 このコレクターズガイドでは、1979年に発表され、90年代初頭まで生産された初代ピアジェ ポロを詳しく紹介する。それは『カジノ(原題:Casino)』に出演したロバート・デニーロ(Robert DeNiro)氏の手首や、またアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)、ブルック・シールズ(Brooke Shields)氏、ビョルン・ボルグ(Björn Borg)氏、その他多くの実在する人物の手首を完璧に飾り、瞬く間に時代のアイコンとなった。

 近年、ポロの人気が再燃している。これまでと同様、シルヴェスター・スタローン(Sylvester Stallone)氏が『タルサ・キング(原題:Tulsa King)』でポロをつけ、またコートサイドに座ったマイケル・B・ジョーダン(Michael B. Jordan)氏も着用しているなど、文化的な影響もある。しかし、その関心は主に愛好家やコレクターによって動かされてきた。それはノスタルジーであり、ピアジェが文化や時計製造に与えた影響への感謝であり、より小型でドレッシーな時計への転換でもある。これらが混ざり合って、私たちが“トレンド”と呼ぶ混乱を招く大釜になった。

piaget polo 7661 and 7131
初代ピアジェ ポロ 7661 C701(ラウンド)と、7131 C701(スクエア)。

 私は以前、ポロが発売された歴史的背景について記事にしたことがあり、マライカ(・クロフォード)はWatches in the Wild: パリ編で、ピアジェのボルジョー氏とともにその魅力を探求している。

 この記事ではピアジェのアイコンであるポロに焦点を当てる。同モデルへの関心は高まっているが、テキスト化した情報はまだあまりない。売りに出されているポロを見ると、値段はピンキリだ。大ぶりなポロよりも小ぶりなポロのほうが、高い値段が付いていることが多く、コンディションはあまり考慮されていないようだ。

 この記事がそれを変え、潜在的なコレクターがより多くの情報に基づいて購入を決定するのに役立つことを願っている。

ポロの幕開け
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ラピスダイヤルを持つヴィンテージのピアジェ ベータ21。Image: courtesy of The Keystone

ポロの前に登場したベータ21は、ピアジェを含む21のスイスメーカーがコンソーシアムを組んで開発したクォーツムーブメントである。ベータ21自体は上出来だったが、エレガントでシックな超薄型のピアジェには合わなかった。その分厚いムーブメントは、ロレックスの5100やピアジェ、パテックのベータ21のような、さらに分厚いケースに収められた。ピアジェは分厚い外観を好まず、超薄型の筆頭格としての評判にも見合わなかったため、ベータ21では、より薄い時計であるかのように錯覚を起こさせるステップケースを採用した。しかし、それだけでは十分でなかった。

「ピアジェは、私たちが最初から最後までコントロールできるものを望んでいました」とボルジョー氏。そこでピアジェは、独自のクォーツキャリバーの開発を開始し、最終的に1976年に、自社製Cal.7Pを発売した。それは発売と同時に、厚さわずか3.1mmという世界最薄のクォーツ時計となった。その後すぐに、女性用に設計されたさらに小さなムーブメントである8Pが登場した。

 新しい極薄ムーブメントを準備したピアジェは、同じようにシックな時計を必要とした。

 ボルジョー氏は、「米国代理人は特に、ピアジェには日常使いしやすく、若い新規顧客を引きつけることもできる“スポーツシック”な時計が必要だと考えていました」と話す。デイトナ(旧ル・マン)の初期の広告のように、ポロには触れず、ただ“新しくて輝かしい”とだけ紹介したピアジェウォッチの初期の広告を見つけることができる。

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ラウンド型のピアジェ ポロは、34mm(Ref.7661)と27mm(Ref.761)の2つのサイズで発表された。どちらも、ピアジェの新しい極薄クォーツCal.7Pを搭載している。Image: Courtesy of Bonham's.

 1979年、ピアジェは132~136gのゴールドを使用した金無垢時計、“ポロ”を発表。男性と女性をターゲットにした小さいサイズと大きいサイズの両方で展開し、またラウンドとスクエアのオプションもあった。ゴールドはサテン仕上げで、あいだにポリッシュ仕上げのゴドロン装飾を採用し、ポロの特徴的な外観を与えていた。ピアジェの新しいクォーツCal.7Pは、ポロに搭載された。今では愛好家がクォーツを見下すこともあるが、当時はこの新しい技術は違った見方をされていたのである。

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アートキュリアルオークションに出品された、ピアジェ ポロ。

「当時のクォーツは非常にシックで、7Pは最もシックなもののひとつになりました」とボルジョー氏。超薄型で、裏蓋に隠されたリューズを介して針をセットするため、ケースサイドからリューズの突出がない。つまり、リューズがピアジェの新しいブレスレットウォッチのエレガンスさを損なうことがないのだ。これにより、ポロは時刻を知るための2本の針を備えた、完全に左右対称のブレスレットウォッチとなった。

 標準的な金無垢ポロは、1980年代には約2万ドル(インフレ調整後で現在7万ドル、日本円で約1037万3000円に相当する)で販売されていた。さらにダイヤモンドセッティング、ストーンダイヤル、そのほかあらゆるカスタマイズオプションが、別料金で用意されてもいた。

 この頃、4代目のイヴ・ピアジェがブランドの指揮を執り、エレガントさと華やかさのバランスのとれたブランドとして、さらなる定義づけに取り組んでいた。“ポロはブレスレットウォッチだが、まず前提としてブレスレットである”と、イヴのこのセリフは有名である(フランス語ではもっと上品に聞こえるらしい)。

型にはまったピアジェ ポロ
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ラウンドポロのほうが認知度が高くなったが、一方でスクエアポロのほうが商業的には成功したとボルジョー氏は話す。

「(スクエアモデルの)ブレスレットはケースの形状と完全に一体化しており、ポロの重要な特徴であるブレスレットと時計が完全に調和化した完璧な例となっています」と同氏。この点については、私が話をしたすべてのディーラーやコレクターが同意していた。ラウンドポロが注目される一方で、スクエアポロはピアジェのブレスレットウォッチを最もよく表現している。

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スクエアポロ 7131を着用するマイケル・B・ジョーダン。Image: Getty Images

 ピアジェは1979年から1990年までポロを生産していた。1988年、ヴァンドーム・グループ(現リシュモン)はピアジェを買収した。ポロの生産は1990年に終了したが、ピアジェは買収後も数年間ポロを販売していたようである。

 ボルジョー氏の推定だと、ピアジェはスクエアとラウンドのポロを2000から3000本(合計4000から6000本)生産したという。製造数は驚くほど少ないが、メーカー希望小売価格や金無垢ロレックス デイデイトがその約半額で手に入ったことを考えると、それほどでもないかもしれない。

 ポロに含まれていた膨大な量の金と、歴史の大半においてポロの価値がスクラップの価値よりも低かったという事実を考えると(現在でもそれほどの価値はない)、長い年月のあいだにどれだけの数が溶かされたのかはわからない。

piaget polo reference 7661 in yellow and white gold
イエローゴールドにホワイトゴールドのゴドロン装飾を施した7661 C701。ほとんどのポロはYG製であるが、約30%はWGとYGのツートンカラーである。Image: Courtesy of Wind Vintage.

 ポロの約95~98%はクォーツであった。ピアジェのコレクターにはたまらない、珍しい自動巻きポロについてはのちほど紹介しよう。YGのポロが圧倒的に多く、全体の約70%を占めている。残りの約20%がバイメタル(WGとYG)と、10%がWGだ。

vintage piaget polo 7661 and 7131 white gold
ポロのうち、WGで製造された個体はわずか10%に過ぎない。WG製の7661と7131。Images: Courtesy of Rarebirds and Sotheby's, respectively.

 ピアジェは数十種類のサイズ、スタイル、バリエーションでポロを生産した。リファレンスナンバーからは以下のことがわかる。最初の桁はキャリバーを表し、Cal.7Pの場合は7、Cal.8Pの場合は8が多い。次の数桁はケース素材を表す。そして末尾の桁はブレスレットの種類を表す。たとえば、ダイヤモンドのないプレーンな金無垢ブレスレットの場合は“C701”となる。

ピアジェ ポロの知っておくべきリファレンス
最も知名度が高くて重要なリファレンスは、初代の大ぶりなラウンドポロ、Ref.7661 C701(34mm径)およびその兄弟機であるスクエアのRef.7131 C701(25mm径)である。これらと並行して、ピアジェは小型のRef.761(27mm径、ラウンド)とRef.8131(20mm径、スクエア)も発表している。80年代を通じて、ピアジェはほかのサイズやデイト、デイデイトモデルを投入した。ピアジェはまたあらゆる種類のレザーストラップ付きポロも発表しているが、今回はフルゴールドブレスレットのものだけに焦点を当てる。なお2016年にポロ Sが発売されるまで、ピアジェはスティール製ポロを製造したことはなかった。

ダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)将軍が所有していたジャガー・ルクルト レベルソを発見した。

レベルソが何人かの偉人に愛用されていたことは以前から知られていたが、なかでもマッカーサー将軍がこの時計をつけていたとは驚きだ。マッカーサーレベルソが出品され、ファンが食いつくだろうとは思っていたがそれは正しかった。結果8万7000スイスフラン(当時の相場で約1094万円)以上で落札された。そのときは知らなかったのだが、この時計を最初に製造した会社が買い取り、数カ月後に時計の実機を見る機会を得ることになった。

General Douglas MacArthur's Personal Jaeger-LeCoultre Reverso
 ご覧のとおり、この1930年代半ば製のレベルソは、小売店のゴレイ・フィス&スタール(Golay Fils&Stahl)社で販売されていた。リッチなブラックダイヤルに、裏蓋へ施された“D MAC A”のラッカー仕上げモノグラムが特徴である。このレベルソの裏蓋は、我々が過去に出合ったなかで最もクールな刻印のひとつだ。

 興味深いことに、この時計には“Jaeger-LeCoultre”とサインが入っており、JLCのアーカイブによると、このようにサインされた最初のもののひとつであるという。それまでのレベルソには“LeCoultre”のみがサインされていた。

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 このレベルソについて同様に興味深いのは、落札価格である。くだらない批評をする人たちが、“ああ、JLCはブランドの価値を高めるために入札したんだ”と言うだろうが、これらの発言はムーブメントが時計のコストの100%を占めると信じているようなものである。わずかな知識は、まったく知識がないよりも危険だという例だ。確かに過去にはブランドが自分らの時計を入札していたが、今日の目標は決して高い買い物をすることではない。オークションでは両者に責任がある。つまりJLCはこの重要な時計に8万7500スイスフランを支払ったが、ほかの誰かがそれをわずかに下回る8万5000スイスフラン(当時の相場で約1070万円)で、よろこんで支払ったということでもある。私にとってはそれが魅力的なのだ。

General Douglas MacArthur's Personal Jaeger-LeCoultre Reverso
 それはなぜか。これはヴィンテージレベルソの最高記録に違いない。本当かどうかはわからないが、きっとそうだろう。というのも、ヴィンテージレベルソは非常に重要なものであり美しいが、オークションでは決して高値がつかないのだ。それらは小ぶりで比較的たくさん流通している。しかしこの結果は多くのことを物語っている。誰が所有していたかにかかわらず、JLC愛好家にとっては励みになることは間違いない。

時計業界の変わり者。いつだって私は人が注目しないものにこそ目を向けている

アーティストになってクラバットを巻き、モノクル(片眼鏡)をかけるようになる数年前、 私は広告業界で働いていた。しばらくはとある伝説的な広告マンのもとで仕事をしていた。彼はふたつの逸話で知られた人物だった。ひとつは、彼が “悲しそうに見えたから”という理由で猟犬を手ずから訓練した話。もうひとつは、彼が人の心理を的確に理解する術を持っていたという話だ。ある日、ミーティングからの帰り道に彼は私を見てこう言った。「フィル、君は病的なまでに逆張りをしたがるんだね」。

 まさに、彼の言うとおりである。

 さて、前回のコラムでも触れたが、再びこの話を持ち出したのには理由がある。病的な逆張り屋の長所としては、他人が見ていないようなところに本能的に注目してしまうことが挙げられる。悪い点は、時として自分が見ている方向を誰も見ていないことがあることだ。だから時折ユニコーンから出た粉と、スワロフスキークリスタルでできた金床サイズのウブロをひとり抱え込むことになったりもする。

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 時計収集の世界においては、よそ見ばかりしているとしばしば日の当たらない一角に迷い込んでしまうことがある。クルマで言えば、1987年型ポルシェのスラントノーズに行き当たってしまうようなものだ。5年前は、お金を払ったとしても誰かに引き取ってもらうことすらできなかった。しかしそのおかげで、1980年代に流行したグループBのラリーカーをこよなく愛するようになった。そのためか、私は自分の奇妙な衝動に身を任せることを学んだ(少なくとも、それがどこに行き着くかを見極めるまでは判断を保留することにしている)。ここがクルマと時計の違うところだ。時計の場合、今さら発掘すべきブランドはほとんど残されていないように思える。しかしまったく日の当たっていないブランドというものはほとんどないものの、あまり好かれてない(あるいはそこまで愛されていない)ブランドというものは確かに存在する。たとえばブライトリングだ。私の逆張り本能を刺激し、臨戦体制にさせてくれるブランドである。

Vintage Breitling 765 AVI, late 1960s.
ヴィンテージのブライトリング AVI Ref.765、1960年代後半製。

 決して悪気はないのだが(“悪気はない”というフレーズのあとに、たいてい悪意の波が押し寄せてくるのはおかしな話だ)、現在のラインナップはかつてアメリカにあるショッピングモール内の宝飾品売り場で働いていた全盲のピエロによってデザインされたようだ(言い過ぎか?)。明確なデザイン言語があるわけではなく、過去50年に見られたさまざまなものを漠然と引用し、それらを時計という文脈のなかで攪拌しているように見えるのだ。

 しかし、1940年代から70年代初頭にかけて同社が作っていたものを見ると、息をのむような美しさがある。なおここまでの考察は、丸1年間をかけて時計収集に打ち込んできた男によるものであることを心に留めておいてほしい。

breitling pilot's chronograph
ブライトリングのパイロット クロノグラフは、十分な評価を受けていない。

 クロノマット、スーパーオーシャン、ナビタイマー、765 AVI、クロノマチック、トップタイム。これらの時計の多くは歴史的に価値のあるものであるが、それ以上に重要なのは、デザインの観点からブライトリングが独創的な飛躍を遂げたことである。特に1960年代の時計は私の知る限りデザインが非常に退屈で、時計を見るだけで眠くなりかねない時代だった。

 そのなかにおいてブライトリングは独自のスタイルを貫いており、文字盤デザインからケースサイズに至るまで、そこに落とし込まれた創造性は大胆かつ驚くべきものであった。現代のブライトリングのブランドイメージを考察するにあたって、40年前、50年前に製造されたモデルが熱心なコレクターの目にどのように映っているのかを知ることは、非常に興味深いことである(しかしまあ、驚愕するほどのものはない)。


 ここでふたつの時計を例に挙げよう。ひとつは私が所有しているもので、もうひとつは所有したくてたまらないものだ。まずは所有している1966年製のスーパーオーシャンから。まず第1にデザインの観点から見て、当時のほかのダイバーズウォッチとは似ても似つかない。ダイヤルはきれいだが、オリジナルを維持している。中央にセットされたクロノ針は先端に太いダイヤ型のデザインが施され、のちのバージョンではこの意匠は針とアワーマーカーにも採用されていた。手元に届いたとき、プッシャーを押しても何も反応がなかったので、クロノグラフの機能が壊れているのかと思った。検索してみると、スーパーオーシャンは秒ではなく分を計測する“スロークロノグラフ”を搭載していることがわかった。私の知る限り、このような機能を備えた時計はほかにはない。今後この機能を使うかと問われれば多分使わないし、どのように機能するかも気にならない。しかし、これはスマートかつ驚くべきテクノロジーであり、完璧に理にかなっている。ダイビングをするのに秒の計測なんて必要ないのだ。

Breitling 765 AVI Digital Mk. 1.2
ブライトリング “デジタル” AVI Mk.1.2。Photo: @watchfred on Instagram

 もう1本は、デジタルカウンターを備えた1951年製のRef.765 AVIである。3時位置に従来のインダイヤルではなく、デイト窓のようなカウンターがあり、15分単位で時間を計測する。1950年代のパイロットに15分間の計測が必要だったのには理由があったのだろうが、私にはとんと見当もつかない。15分でカフスボタンを磨いたりしていたのか? 大切なのは、革新的で珍しいアイデアだったということだ。なお、誰か売ってくれる人がいたら、大至急連絡してほしい(ブオリーブガーデンでレッドスティック食べ放題のディナーをおごろう!)。

 さて、ゴールドシュレーガーに触発されたここまでの戯言の要点は何だろう? 私がこれまでに買ったほとんどすべてのクルマは、当時はほとんど愛されなかったか無視されたものだった。しかし、ある時点でその価値が認められた。人々はようやくクルマに対する漠然としたイメージではなく、目の前のクルマそのものを見るようになったのだ。私は自分のことを予知能力者だというつもりはないが(まあ、少しはそうかもしれない)、私が言いたいのは、今愛されていないことが将来的にも愛されないことの証明にはならないということだ。これは私たち誰もがつい忘れがちなことだ。ゆえに、世間の総意という引力に抗うことができれば、そのものの本質を見抜くことができるようになる。たとえばそう、ヴィンテージ ブライトリングのように。

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